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岐阜地方裁判所 昭和35年(ヨ)280号 判決

債権者 神明神社

債務者 河合石灰工業株式会社

主文

債権者の本件申請を却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

事実

債権者代理人は、岐阜県揖斐郡大野町寺内字雁又平一三七九番山林一九町三反三畝二五歩のうち、別紙図面〈省略〉の1、2、3の地点を順次結ぶ線の東の部分(斜線部分で約一九町歩)に対する債務者の占有を解き、債権者の委任する岐阜地方裁判所執行吏をして占有保管せしめる。債務者は、自ら又は第三者をして、右山林に立入り、石灰石の採取、これに附随する作業その他一切の行為をしてはならない。債務者は右山林の占有を他に移転してはならない。執行吏は、右命令の趣旨を適当の方法を以て公示しなければならない。との裁判を求め、その理由として、右山林一九町三反三畝二五歩は債権者の所有であるが、債務者は、不法に右山林内に立入り、石灰石の採取準備作業、立木の伐採、発破口の開設などを行なつて著しく地表を荒廃せしめている。しかるに、右山林には多量の植樹がなされているため、債権者は右立入使用により、回復し難い損害を蒙ることとなるので、債務者に対し再三抗議したが、債務者は、右立入使用を中止しないばかりか、むしろ、作業を強行しようとしている。よつて、所有権に基く妨害排除請求権等を保全するため、本申請に及ぶ次第である。と述べ、債務者の主張に対し、債務者主張のような二つの売買契約が締結されたこと、その代金が全額支払済であること、債務者主張のとおり、債権者が本件山林所有権を承継取得したこと、債務者が本件山林を鉱区とする石灰石の鉱業権設定を受け、後に申請外河合嘉吉に移転登録し、現在右申請外河合が鉱業権者であること、それより以前右申請外河合が鉱業権設定の優先権を主張して出願したが、その出願の取下げをしていることは認めるが、その余の各点は争う。

と反ばくしたほか更に債権者の主張として右契約の目的物たる石灰石は、契約当時、鉱業法上の鉱物ではなく、土地の一部をなすに過ぎなかつたので、土地所有者の所有に属し、従つて、買主としては右契約によつて右石灰石を採取し得る単なる債権を取得したものであるところ、買主たる右申請外河合は、石灰石の採取、加工、販売業を営んでいる商人であつて、右契約と同時に右土地において石灰石を採取し得たのに拘らず、これが採堀をなさずに放置したのであるから、右契約上の債権は、商法上の消滅時効期間たる五年の経過により、昭和二一年一二月一九日を以て時効により消滅した。従つて、右契約による石灰石採堀権に附随して、これに従たる権利としての性質を有する、本件山林への立入使用権も同時に消滅に帰したものである。

仮にそのまま存続していたとしても、権利者たる右河合は現行鉱業法の施行により、鉱業法施行法第六条に基く優先権を主張してなした鉱業権の設定の出願を取り下げているのであるから、右取り下げによつて前記契約による既得権たる土地立入使用権は消滅に帰したものであり、まして、債務者は、右河合の優先権とは関係なく単に鉱業法第二一条 第二七条等による鉱業権の設定を受けた第三者に過ぎず、右契約による既得権と何らの関わりもあるべきいわれがない。

なお、仮に債務者が右立入使用権を有したとしても、右河合及び債務者は昭和三五年九月頃まで石灰右の採取に着手せず、約一八年有半の間無為に過ごし、この間、石灰石は鉱業法上の追加鉱物に指定されるなど、著しい事情の変更を来し、河合が契約上の債権を行使するに由なき状況に立到つており、今更本件山林に立入り石灰石の採取をしようとすることは、取引信義にも反し、失効の原則上からも許されないものである。と述べた。〈疎明省略〉

債務者代理人は、主文同旨の判決を求め、債権者の主張につき、本件山林が債権者の所有に属すること、右山林に対し債権者主張のとおり債務者が立入り使用していることは、いずれも認めるが、その余の債権者主張の各事実は、すべて否認する。(但し、申請外河合嘉吉が石灰石の採取、加工、販売業を営んでいる商人である点については明らかに認否しなかつた。)

更に債務者の主張として、本件立入使用は、次の如く正当な権限に基くものである。即ち、本件山林の前所有者たる八幡神社は昭和一六年一二月本件山林内の石灰原石を岐阜県揖斐郡大野町寺内区に売却する契約を締結し、右寺内区は同月一九日右石灰原石を申請外河合嘉吉に売却する契約を締結したが、右第一、第二の各契約の契約内容は、前者において、買主の自由な転売権を認めていた点及び代金額の点を除いては大差なく、ほぼ同一内容であつた。右約旨によれば、採堀について期限を附せず、石灰原石の存する限り採堀し得るものとし、必要に応じて自由に山林内に立入つて工作物の設置その他事業経営に必要な土地の使用をなし得、石灰原石を採堀した跡は所謂堀放しにしてよいとするものであつた。そして右売買代金一八、〇〇〇円は、即時全額支払済であるから、右河合は有効に本件山林への立入使用権を取得したのであつて、本件山林所有権の前主八幡神社からの包括承継者たる債権者は、右河合が同族会社として設立した、いわば河合の異身同体たる地位を有し、しかも現在鉱業権者たる河合の鉱業代理人である債務者に対し、右契約の拘束を受けるべきことは当然であつて、債務者が正当な権限なく本件山林に立入つていると主張することなど許される筈がない。

ところで、契約当時石灰石が鉱業法上の鉱物でなかつたことは事実であるが、石灰石は採堀前の状態においても独立の経済的価値を有する財貨として、あたかも立木の如く取引の対象とされたのであり、事実、昭和二五年には鉱業法により追加鉱物としてその価値の独立性を確認されたのである。してみれば、石灰石を以て所有権の客体とみることもあながち不当なことではなく、前記契約の当時、当事者の意思としてもかような意味において石灰石の所有権を移転しようとしたものとみるべきであり、右河合は当時石灰石の所有権を取得し、その引渡しを受けているのである。このように本件契約における石灰石の採堀権を物権的にみる限り、債権者の主張するような商事債権の消滅時効など問題の余地はない。更に右契約において約定されている本件山林の立入使用権は物権たる地上権の性質をもつものであるから、商法の適用はない。従つていずれの点よりするも債権者の主張する時効消滅の点はその理由がない。

仮に右契約による石灰石採取権が商事債権であつたとしても債務者または河合は、山林内の見廻りなど石灰石の管理をして来たのであり、また右石灰原石の分析を行なつてその品位の確認、事業化のため必要な用地の買収交渉など諸般の関連行為をなして権利の行使を継続してきた。その上、契約後において直ちに採堀工事に着手できなかつたのは、当時太平洋戦争に突入した直後で人手不足、資材不足から不本意ながら延引したもので、外部的障碍のために採堀不能であつたものである。以上のいずれよりするも消滅時効が進行することはないとみるべきである。

このような事情があればこそ、昭和二六年一月に右河合が土地使用権を有するという理由で石灰石採堀に関する優先権を主張して鉱業権設定の出願をなした際、偶々競願関係となつた申請外関谷直次との間の実情調査、鉱区調整のため、所轄名古屋通商産業局から係官が両三度に亘り揖斐郡大野町役場に出張して調査したのに立会つて種々事情を述べる機会がありながら、本件石灰石の売主側たる申請人役員から右河合の採取権、土地使用権につき何らの異議も疑問も出されなかつたのであつて、その後河合は右通商産業局からも優先権を認められたのである。ただ右関谷との鉱区調整の必要上、当局の勧告により、右河合は、自己の異身同体たる同族会社債務者名義を以て鉱業権の設定をうけ、形式上は河合の右出願は取下げたのである。(なお、後に鉱業権は、債務者から河合に移転し形式を実質に適合せしめた)しかし、これは右関谷とても同じことで、単に取扱上の便宜のためなした手続にすぎず、勿論右河合の権利と債務者の権利とは同一性を有しているのである。

以上のような点を考え合せれば、債権者の主張する時効による権利消滅或いは失効の原則の適用による権利消滅の論拠はいずれもその不当なることは明白である。

なお、仮に前記契約に基づく土地使用権が消滅していたとしても、債務者は前記のとおり適法な鉱業権者たる右河合の鉱業代理人であるところ、鉱業権者は鉱業法第一〇四条により当然土地使用権を有するものであるから、本件立入使用は適法である。

仮に本件立入使用が形式的に違法であるとしても、本件山林の如く鉱物たる石灰石が存し、右石灰石が他人の鉱業権の対象となつているときは、山林所有権は虚有権に等しく、その所有権を基礎として鉱業権者の立入使用等を禁止しようとすることは権利の濫用として到底許されないものである。

次に仮処分の必要性に関し、前記契約の趣旨において、河合は石灰石採取のため必要があれば、山林内の草木を自由に伐採し得るものと解されるのみならず、前記のとおり採堀後の山林は堀放しにしてよいと明示されている点を考え合せれば、むしろ債権者の甘受すべき損害というべき程度のもので、従つて仮処分の必要性の認められるような回復し難い損害はあるべき筈がない。

仮に債権者の損害があつても、債務者は、その損害を賠償すべき充分の資力を備えており、且本件施設のために約二億円を投じ目下多数の労務者を使用して石灰石採堀事業を行つているのであるから、採堀の禁止、作業の停止を求める本件仮処分が万一実施された場合には債務者の受ける損害は債権者のそれに比較して遥かに尨大なものがあるのであつて、この点においても本件仮処分は必要性を欠くものである。と述べた。〈疎明省略〉

理由

本件山林が元八幡神社の所有であつて債権者はその包括承継取得者であること、昭和一六年一二月一九日、右八幡神社から岐阜県揖斐郡大野町寺内区へ、更に右寺内区から申請外河合嘉吉へ順次、本件山林内に存在する石灰原石を売却する旨二つの契約が締結されたこと、右契約においては、石灰石の採堀期限を制限せず、石灰原石の存する限り採堀し得るものとし、必要に応じて自由に山林内に立入つて工作物の設置、その他事業経営に必要な土地を無償を以て使用し得、採堀跡は所謂堀放しにしてよいものとし、且右河合は可及的速かに事業経営に着手し、此の事業の使用人は寺内区民を優先雇用し、寺内区民は右事業に誠意を以て援助をなすものとされたこと、右売買代金が全額支払済であること、昭和二六年一月右河合が右契約に基く土地使用権を主張して鉱業法施行法第六条により鉱業権設定の優先的出願をしたが、後日その出願を取下げていること、債務者が本件山林を鉱区とする石灰石の鉱業権設定を受けていること、債務者が右山林内に立入り石灰石の採取及びその準備作業、立木の伐採、発破口の開設などの使用を行なつていること、はいずれも当事者間に争いがない。

ところで、債務者は、本件山林を使用する正当な権限を有すると主張するので以下その各点について判断する。

成立につき争いのない、乙第一号証、第五号証、第七、八号証、第一一、一二号証、第一六号証、第一八号証、証人堀正味の証言により真正に成立したものと認められる甲第五号証、その証明部分につき成立に争なくその余の部分につき証人杉崎善吉の証言により真正に成立したと認められる乙第六号証、証人杉崎善吉の証言により真正に成立したと認められる乙第九号証、第一三号証の一乃至三、第一四号証、第一五号証、第一九号証の一乃至八、その官署作成部分は、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるので真正に成立したものと推定すべく、その余の部分は、証人比良重雄及び同杉崎善吉の証言により真正に成立したものと認められる第一七号証、証人錦見義造、同関谷直次、同目加田兵四郎、同堀正味、同松尾良二、同北村達二、同比良重雄、杉崎善吉の各証言(但し、以上のうち後記措信し難い部分を除く)、及び検証の結果を綜合すれば、昭和一六年一一月、一二月頃にかけて、申請外北村達二の仲介によつて、当時かなり疲弊した状態にあつた岐阜県揖斐郡大野町寺内区が、区内の用水用井戸の設備費用の財源に充てると共に区内地元住民が右採堀事業に雇用されて幾分かでも住民の生活が潤うように一石二鳥の効果を期待して、形式的には八幡神社の所有に属するが、実質的には部落(寺内区)の総有する本件山林を処分することを考え、結局右山林内に存在する石灰原石を申請外河合嘉吉に売却する旨の前記当事者間に争いのない二つの契約が成立した。その際河合側では山林の所有権まで移転するよう要求したが、右山林の形式上の所有者が神社であつた関係上、財産処分に必要な知事の許可が石灰原石の売却として受けてあつた事情も手伝つて、所有権移転登記はできないが、実質上は山林所有権を移転するのと同様の権能を賦与するということで当事者間において諒解がつき結局前記のような契約内容となつた。一方、売買代金として一八、〇〇〇円という価額は当時として決して廉価なものとはいえず、他にこの値段またはそれ以上の価額を以て即金で買おうとする者はおらなかつた。

かくして、右河合は本件山林内の石灰石をいつでも自由に採取する権利を取得したが、その後戦争の激化、敗戦による社会経済事情の激変等急激な四囲の事情の変動もあつて、昭和一七年春頃工場敷地(予定地)の入口まで約三町位の道路(巾二間)を岐阜県の救済事業として、地元負担金は右河合が負担して開設した他は、見るべき事業着手をしないで推移したところ、昭和二五年一二月現行鉱業法の制定によつて石灰石が追加鉱物として指定されたのに伴い、右河合は鉱業法施行法第六条の規定による前記優先出願をした(この点当事者間に争いがない。)ところがその際、右河合の出願した鉱区と同一鉱区につき重複する申請外関谷直次(地元居住者)の出願があり、両者は競願関係となつた。

そこで所轄名古屋通商産業局が主体となつて実状の調査、競願関係にある両者の和解の勧告、その他の調整措置がとられることとなり、そのため昭和二七年から昭和二九年にかけて右通商産業局係官が数回現地に派遣され、右競願両者、その他関係者から事情聴取など前記調査、調整の措置がなされた。結局、競願関係にある両者については、河合の方の権利は書類面などで全部整つており、関谷の方の権利は現実に窯を設置している事実があり、両者の言分に双方とも或程度の根拠が認められ、地元側関係者の意見、要望をも汲んで種々折衝の結果、当局側の斡旋により昭和二九年八月頃通商産業局比良、滝、竹内三係官、右河合側として河合本人、松尾、杉崎、右関谷側として関谷本人、その他関係者として前記寺内区の区長はじめ役員七、八名、井深常次郎、大野町長、同助役らが列席の上、従前の出願鉱区のうち西側約三分の一を関谷の優先権の対象区域、東側三分の二(別紙図面斜線の部分)を河合の優先権の対象区域として処理することに話が纒まり円満解決することとなつた。その際具体的な事務処理方法としては、当時の通商産業局側の処理方針に従つて、従前の出願は取下げ、新しい協定の通りの再出願をしその内容どおりの行政処分をするとの当局側の指導があり、当事者もその手続をすることとなつた。

ところで、これより前昭和二二年に右河合は自らの一族と古くから従業員として使用する者とを株主とする河合石灰工業株式会社(債務者)を設立し、自ら代表取締役として右会社によつて事業を営んできたが、右再出願に当り、名義のみは従前の河合個人名義と異なり法人たる債務者名義を以てこれを行ない、その他の内容は右協定のとおりに再出願をして、昭和三〇年九月二一日名古屋通商産業局長福井政男からその出願どおり、石灰石採堀権設定(岐阜県採堀権第七三七号登録)の許可を得ている。(この点当事者間に争いがない。)

その後、債務者においては本件山林内の石灰石の分析調査、地質埋蔵量調査などを実施し、また工場その他の施設の設営準備に入つたが、当初予定していた工場敷地については採堀現場から右工場敷地予定地までに至る通路敷地所有者の承諾を得られ難いなどの事情から変更を余儀なくされ、一方、昭和三一年一月一一日付を以て「搬出道路の関係で現在研究中、猶採堀場も計画中」との理由で昭和三一年三月二七日から昭和三五年九月二七日まで四年六ケ月間の事業着手延期申請書を所轄名古屋通商産業局長に提出し、その頃右のとおり認可され、他方敷地確保のための折衝その他の事業着手の準備をとり進めた。そして昭和三五年六月頃に至り地鎮祭を行ない、同時に、まず道路の開設工事を進め、またパイプを布設する工事も併行して行なつた。尤もこれら工事には前記寺内区の住民は雇用されなかつた。

ところがこれより前、昭和二六年度、昭和二八年度、昭和三〇年度において、右寺内区が本件山林に松合計一三、一〇〇本(この代金合計二八、三七〇円)檜一〇〇〇本(この代金四、一〇〇円)の植林を実施していた(歩止り天候順調の場合で八割)ため、右工事により損害を及ぼすこと、及び前記契約条項(可及的早期着工、且地元民優先的雇用)が実行されないことへの不満も手伝つて、債権者側からは昭和三五年一二月一六日付書留内容証明郵便で右河合あてに抗議を申入れたところ、債務者側では、前記鉱業権につき、同月二一日受附を以て「鉱業権譲渡」を理由とする右河合への採堀権移転の届出を所轄名古屋通商産業局長に行ない同月二二日その登録を受け(この点当事者間に争いがない)、なお、同月二八日付を以て債務者を鉱業代理人に選任した旨所轄名古屋通商産業局長に届出ている。しかし、工事の方はそのまま続行したので、債権者は同月二七日本件仮処分申請をした(このことは本件記録上明らかである。)

その後においても債務者側は工事、作業を進め、道路を完成すると共に、本件山林地域内にトロツコ軌条、自動車積込ホツパー、飛石防止金網などを設置し、また本件山林と隣接する古川区の地域との双方にまたがつてコンプレツサー室、変電室、エアーパイプなどを設置し、その他右古川地区内には休憩室、索動始駅や更に古川地区の下部には、工場、事務所、倉庫、社宅などがおかれ、採堀作業を開始し年産二乃至三万トンの石灰石を産出している。この作業のため、前記植林に対し、四乃至五割程度が飛石等の下敷となつて損害を生じている。以上の各事実を一応認めることができ、右に反する証人錦見義造、同関谷直次、同目加田兵四郎、同堀正味の各証言部分はにわかに措信し難い。

以上認定の事実によつて右河合がいかなる権利を取得したかについて考えて見るに、前記契約締結の当時石灰石が鉱業法上の鉱物でなかつたことは当裁判所に顕著な事実であつて、地中に埋蔵する石灰石は土地の構成物で独立の存在を有しないため所有権の客体となることができないので、右契約によつて河合は単に石灰石を採堀する権利。(採堀に必要な範囲で本件山林を使用する権利を含む)即ち一種の債権を取得したものとみるべきである。

従つて石灰石の所有権を取得しその引渡を受けたという債務者の主張及び本件山林につき地上権の設定を受けたとする債務者の主張はいずれも理由がない。

ところで、債権者は右債権が商事債権であるから五年の消滅時効によつて消滅したと主張するので、この点について判断する。

右河合が石灰石の採取、加工、販売を業とする商人であることは債務者において明かに争わないので自白したものとみなすべきところ、右寺内区と河合との前記契約の文面(成立に争のない甲第三、四号証)によると、「石灰原石を売渡す」と表現し埋蔵中の石灰原石を恰も独立の物(乃至独立の経済的存在価値を有するもの)として取扱つているが、前叙の如く埋蔵中の石灰石は右契約当時独立の物と見ることができないものであるから、「石灰石を売買する」当事者の真意は、石灰石を採堀する権利(債権)を物権に類似する一種の債権として債権者から寺内区のため設定し、これを寺内区から右河合に譲渡する契約を締結したものと解するのが相当である。

(もちろん、石灰石を採堀する権利は右契約当時鉱業権でなかつたので法律上物権とみなされるものでなく、又当事者がこれを物権であると約することも物権法定主義の原則上許されないが、昭和二五年鉱業法の改正に伴い石灰石が鉱物に指定されその採堀権も物権とみなされるに至つた事情をも併せ考えると、当時石灰石の採堀に関する権利を既に業者間で物権類似の権利として取扱う事実上の慣習があつたものとみることはあながち不当とはいえない。)

してみると、右寺内区、河合間の前記契約は商人である河合の附属商行為であるとしても、石灰石を採堀する債権(物権類似の民事債権)の譲渡契約であつて、その債権の債務者である八幡神社が予め包括的に承諾を与えていたものであるから、その譲渡の対象である石灰石採堀権は即時有効に右河合に移転されたものといわねばならない。而してこの石灰石採堀権は物権類似の債権であつて債権者、寺内区間の前記契約によつて設定された民事債権であるところ、これを寺内区から右河合に譲渡されたものであるから、たとえ寺内区、河合間の契約が商行為であるとしても、譲渡の目的たる民事債権までが商事債権たる性質を帯有するに至るものとは到底解することができないので、右石灰石を採堀する権利は民事上の債権であつて一〇年の民事時効の規定を適用すべきものと解するのが相当である。

そして右河合は前叙の如く鉱業権設定の出願によつて権利を行使した、即ち右契約から一〇年以内である昭和二六年一月に右出願したので、右債権の消滅時効は未だ完成しないものである。従つて右採堀権の従たる権利である本件土地使用権も右採堀権に附随して存続する性質を有するものと解すべきであるから、右採堀権が現に存続する限り未だ消滅しないものと一応認めることができる。さればこそ昭和二六年右河合の鉱業権設定の出願が申請外関谷直次と競願となつて名古屋通商産業局係官によつて現地調査がなされた際、寺内区役員も立会い意見を述べているが、右河合の採堀権乃至土地使用権の存在につき何等の異議も疑問も述べなかつた理由を首肯できるのである。(このことは本件土地の実質上の総有者である寺内区の代表者である寺内区役員が債権者に代り時効の利益を放棄したものと見られるので、仮りに右採堀権が商事債権であるとしても債権者は時効の利益を放棄したものと見ることができる。)従つて右債権が商事時効によつて消滅した旨の債権者の右主張は理由がない。

次に右河合の石灰石を採堀する権利は昭和二五年鉱業法の改正によつて石灰石が鉱物に指定されたのに伴い鉱業法施行法第六条によつて鉱業権出願優先権が認められ、右河合は前記のとおり債務者会社名義で出願したが行政当局の指導によつて一旦取下げ、再出願の上鉱業権の設定を認可されたものであるが、右両者の出願は右優先権の延長として同一性を有するものと見るのが相当であるから、右河合の出願前に有した採堀権に附随する土地使用権は、鉱業法第四乃至六条の趣旨に鑑み鉱業法の施行に拘らず存続するものと考えられる。

従つて河合の右出願の取下によつてその既得権が消滅したとする債権者の主張は採用できない。されば債務者は右河合の土地使用権を援用し得るものと見なければならない。

又以上各認定の事実によれば、債務者又は河合が昭和二五年まで無為に放置したものではないことも一応認められるので失効の原則に関する債権者の主張も理由がない。たゞ、右河合乃至債務者が可及的速かに事業に着手し、地元民を優先雇用するという約定について、必ずしも債権者側の期待に応えていない点は、河合らにも戦争等による正常な経済状態でなかつたという事情があつたにしても、その諒解をとりつけるため充分の手当をつくしたとする疏明も尽されておらず、或程度非難に値する点がなくもないのであつて、鉱業法施行法第一三条の規定の精神に照しても、債権者に対し相当の補償をなすべき義務を負うものとはいい得ようが、未だ以て信義則に違反するものとして失効の原則の適用されるべき事案ではないと解される。

以上の点は暫らく措き、前記のとおり債権者は本件工事、採堀作業により植林などにつき、そのほぼ四乃至五割が飛石などの下敷となる損害を生じており、一方債務者は前記施設の下に年産二乃至三万トンの石灰石を産出する作業を行なつているので、その利害を衡量すれば、仮処分によつて債務者の被る損害が債権者の仮処分により受ける利益を上廻つていることを一応認めることができる。尤も、本件においては債務者の右作業は、本件仮処分の申請後強行された工事、作業に負うところが大であつてこの点を看過して単に結果のみをみてこれを形式的に比較するときは、大企業における起業者が巨額な費用さえ投ずれば、一切他人の権利を顧みなくてもよいとの結論を導く虞があり、ひいては起業に支障なからんがために設けられている正当な、しかし面倒な手続を無視及至軽視する幣を助長しないとも限らない。

しかしながら右の点を考慮しても本件においては、前記疏明各事実を綜合すれば、債権者が損害の賠償を求め得るかは別論として、仮処分を求める必要性はこれを欠くものといわねばならない。

よつて、本件申請は、被保全権利、必要性のいずれの観点よりするもその理由がないので、これを却下することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村本晃 服部正明 滝川治男)

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